山登りでは歩き方に加えて正しい息の吸い方・吐き方も大切です。山を歩く時には、平地を歩くよりも多くの酸素を必要とします。特に、高い山に登っている時には、空気が薄い状態の中で、体に大きな負担をかけながら歩くことになるので重要なポイントになります。どうすれば、効率的に酸素を補給できるでしょうか。息をする際の仕組みと登山時の正しい息の吸い方・吐き方について考えてみましょう。
呼吸の仕組み
私たちは心臓の動きをコントロールすることはできませんが、息を吸ったり吐いたりすることはある程度自分でコントロールすることができます。ところで息を吸うと肺が膨らんで、吐くと肺が収縮すると思いがちですが、実は肺自体には膨らんだり収縮したりする機能はありません。胸郭あるいは横隔膜の働きにより、肺に空気が満たされたり出て行ったりできるようになっています。
肺は胸郭の中に納まっていますが、胸郭を広げる働きをするのは外肋間筋と呼ばれる筋肉です。息を吸う時には外肋間筋が肋骨を持ち上げて胸郭を前後左右に広げ、吐くときには内肋間筋がろっ骨を引き下げて胸郭を収縮させます。
これに対して横隔膜を使うのが腹式呼吸法で、登山で勧められているのはこの方法です。ちなみに女性の場合は肋間筋を使用する場合が多いと言われているので、腹式を意識して登る必要があります。普段の生活でも腹式で息をするように心がけましょう。これは高山病の改善にも活用できる方法です。
登山時の呼吸法
マラソンの時には2回吸って2回吐くという方法が勧められますが、それはこの方法だと効率的にガス交換ができからです。私たちは安静にしている時でも、1回に450~500mlの空気を吸いこんでいます。ただ、吸った空気がすべて肺に送り込まれるわけではなく、一部の空気は気道に残ってガス交換されないまま外に吐き出されてしまいます。気道は死腔(しくう)とも呼ばれるため、気道に残った空気の量を死腔量といいます。死腔量は正常な人なら150mlです。
仮に1回に500mlの空気を吸い込んだとしても、肺に到達するのは350mlです。150mlは失われます。もう一度息を吸うと、やはり肺に到達するのは350mlで150mlはロスになります。結果的に2回息を吸って肺に到達した空気は700mlということになります。
一方、2回連続で息を吸うとどうでしょうか。1回目に350mlが肺に送り込まれ、150mlが気道に残るのは同じなのですが、すぐに2回目の空気が送り込まれるので、それによって気道に残っていた150mlの空気と2回目の350mlの空気が入っていくので、合計で850mlの空気が肺に入りガス交換されることになり非常に効率的です。もちろんこの方法には慣れないという方はムリをしないでください。
さらに、250mlの空気を吸った場合も1000mlの空気を吸った場合も死腔量の150mlは変わりません。ですから浅く息をして250ml空気を取り込むと、肺に到達するのは100mlだけですが、深く息を吸い込んで1000ml取り入れれば肺には850ml到達します。このような訳で、登山の時にはゆっくり深く吸い込み、しかも2回吸って2回吐くというのが空気を効率的に活用する方法になります。
山道を歩く時にもう1つ注意したいのは、息は鼻から吸って口から出すという点です。口から吸うと喉が乾燥してしまうので必ず鼻から吸います。また疲れてくるとどうしても口を開け「ハーハー」と息をするようになりますが、こうすると疲れが増します。息を吐くときには口すぼめて、「フッ、フッ」というように吐きましょう。
休憩時には
疲れて休憩する時、また高山病になった時には多くの酸素を取り込むことにより症状が改善されます。そのために効果的な2つの方法があります。
(1)腹式呼吸
これは横隔膜を使う方法ですが、息を吸ったときに横隔膜は収縮すると、胸郭が上下に広がって肺に空気が取り込まれます。逆に息を吐くときに横隔膜が緩み、胸郭が狭くなって肺から空気が出ていきます。実際にやってみるときには、ゆっくりと鼻から息を吸い込み、へその下に空気を溜めていくような気持でお腹を膨らませます。それから、お腹をへこませながらゆっくりと息を吐いていきます。
(2)有圧呼吸
これは深く息を吸い込んでから、胸に力を入れながら2秒ほど止めて、ゆっくり吐き出すという方法です。これを5~6回繰り返すと、血液中の酸素濃度が上がるので症状が改善されます。高山病になると頭痛や吐き気、倦怠感、血圧の上昇などの症状が現れます。酸素の供給量が少なくなって内耳の機能が落ち、平衡感覚に問題が生じてめまいがすることもあります。高山病になった時には下山するのが根本的な解決策です。応急処置をしても症状が残る場合は、無理をせずに登山を中止しましょう。
また、気分が悪い時には荷物を降ろしてすぐに横になりたくなりますが、すぐに休むと心臓も休む態勢に入ってしまい、酸素の供給が減ってしまいます。それで、ザックを下ろしたら、ゆっくり息をしながら少し歩いて徐々に体を休ませるのがいいでしょう。